いつの間にやら少なくなって
フジロックが始まってもう20年以上経つわけですが、当時の主力年齢層だった20代も40代になり、家庭を持ったり就業環境が変わったり、単純に面子やロケーションに飽きたりと理由は様々ですが毎年ぽつりぽつりと常連だった仲間が減っていき寂しい限りなのですが、それに伴い客層が入れ替わっているのかと言われればそうでもないというのが実感です。
ロックインジャパンなどは絶えず若い層が流入してきているようなのですが、フジロックが年齢層が滞留しているのは明白というか、ある程度限られた選民イベントになってしまっているのではないかという危惧は絶えずついてまわります。
これと似たようなことがあるなと最近気づいたのですが…あんなに熱狂していたのに!進撃の巨人やワンピース等離脱した人達の多いこと。
こっちは一度見たものに関しては最後まで追うのは辞めない性格の持ち主、なもので幼少の頃から追いかけ続けているガラスの仮面みたいなものにも現在でもしっかりアンテナを張っている分けで…疲れる事この上ない。
しかし昨今の進撃の巨人が完結するというトピックに対し、言いたいことは山のようにあるわけですが、周りにあれだけいた読者があらかた離脱しているという事実。
内容は本当に先鋭化していて表現という括りで現代芸術として突出している作品なのに何故?の嵐が吹き荒れているわけですが、ある程度主要キャラだったりストーリーを把握している相手だからこそ、ネタバレしないように感想を言うのが、非常に、非常にやりにくくてどこかにクレームを入れたい気持ちがやみません。
正直悔しい。
まあしかしフジロックも毎年行き続けていると殆ど同じ感情しか持たなくなるというか、果たしてあの出来事は去年だったら一昨年だったかとなるのはやむを得ないわけですが、それに対してかつて参加していた人にまた戻ってきてよと誘うわけでもないし、一体どういう感情なのかさえ自覚できていません。
2000年後の君へ
というわけで(どんなわけだ?)進撃の巨人ですが、ワンピースもそうですけど1話の時点で張られた伏線が数年後に回収される気の遠くなるような複雑さを見せるわけですが、この高度情報化社会において全く伏線を気取られることなく進むことの凄まじさがこの作品の質の高さの理由となっていると思います。
気持ち悪い巨人に食われる辺りがマックスと思われていたら困るんですよね、むしろ巨人を駆逐して世界の全貌が明らかになってからが本番なので…ああこういう話さえネタバレになってしまうもどかしさ。
現在の怒涛の展開、まだ未完ではありますがここまで練られたストーリーを作り上げた作者なのですが、とんでもない終わりが待ち受けていることは間違いないのです。
ああ何故それを共有できる人がいないのだらう…私は不幸だw