2004年朝霧JAMの4回目開催。雨が降り続く寒くて厳しい気候ながらもたくましくキャンプを続ける観客に助けられ大成功を収めました。

ロゴス(LOGOS)

朝霧JAMの2004年が開催され秋フェスの楽しさと厳しさを見せるフェスに

2004-10-02

レインボーステージ/RainbowStage

ムーンシャインステージ/MoonShineStage

2004-10-03

レインボーステージ/RainbowStage

ムーンシャインステージ/MoonShineStage

日本で演奏する意義

時は80年代後半。日本の音楽市場が世界でも米国に次ぐ規模だった時代がありました。
欧米の大物アクトがこぞって来日し日本にいながらにして本場のライブが気軽に楽しめる時代がそこにありました。
当時はアジアの大国といえば日本のみとも言っていい状況で、そのプレゼンスは相当なもの。現代の中国、には及ばないものの先進国と呼ぶにふさわしい存在でした。
その隆盛を目撃している世代は頑なに悲惨な現状を認識したくないようですが、この20年で目を覆うくらいの凋落をしてしまいましたね。
未だに日本の家電や携帯は日本一、なんて思ってるくらいですからねw
そんな状況に連動するかのように日本で演奏してくれるアクトも少なくなってしまいました。日本の市場の元気のなさがそれに輪をかけているように思います。
若い人が円盤で音楽を嗜むことが無くなりましたからね…。
かつては年中季節を問わず来日するアクトばかりでしたが、ここ数年はアジア・オセアニアツアーの一環で日本をチョイスするようなケースが増えました。
日本では真冬の2月、興業業界では鬼門とされる2月に来日案件が多いのは南半球で真夏のオーストラリアで開催されるフェスに出る際に組まれるアジア周りのついでの意味合いが濃いように感じます。
鬼門といえば8月もそうだったはずですが、ここ日本でもフェスが根付くことによって8月の来日が少ないことは無くなりましたね。
こういうところにもフェス文化が根付くことによる好循環が生まれているのだと思います。
そんなわけで秋口は元々海外バンドの来日が多かった時期ではありますが、その来日にかこつけて開催されているのが朝霧JAMという側面もあります。
殆どのアクトが日本ツアーのついでに朝霧まで足を運ぶようになっているのです。
なので興行会社のHPを見れば数か月前からこの辺が出るんだなハハーン、となっているのは内緒ですw

2004年ネット事情

若い人には何言ってんだコイツ、なんでしょうが、この年にmixiが始まりSNS時代が幕を開けました。
mixiとGREEはSNSとはなんぞや?という疑問を我々に投げかけ教えてくれた存在といっても過言ではないでしょう。
その存在自体は淘汰されてしまいまいたが、Windows95で幕を開けたデジタル時代の開始から10年にならんとするこのタイミングでネット内のコミュニケーションの基本を確立したとても重要なトピックであると思います。
このころには各フェスの公式HPも充実し検索エンジンの制度も遥かに向上しツイッターが台頭しはじめ、まだまだ激動する時代のど真ん中にインターネットが鎮座しているのでした。
Number55