1997年富士の裾野天神山スキー場でフジロックフェスティバルが開催されました

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フジロック!1997年初開催、日本に根付くフェス文化を作り上げました

1997-07-26

メインステージ/MainStage

セカンドステージ/SecondStage

フジロック名前の由来は天神山から

フジロックといえば苗場のイメージが定着していますが、初開催は富士山の裾野にある天神山スキー場での開催でした。
フジの名前の由来はここからきています。
フジにまつわる最も多くの疑問はこれなんだと思いますが、基本的な知識なので押さえておきましょう。
当時のことはよく覚えていて、某大手洋楽雑誌に載った広告が第一報、4月か5月くらいだったと思います。
まだネット環境も整備されてないような時代だったのでチケット自体も郵便振り込みというアナログさ。
しかしレッチリ、レイジ、フーファイにプロディジー、グリーンディという衝撃的なラインナップに心が震えました。
当然といえば当然ですが、この衝撃を超えるラインナップは後にも先にもこの1回だけです。
とりあえず後先考えずに2枚申し込みましたが、スキー場とはいえあまり交通機関も整備されておらず数万人に対応するような駐車場を備えてもいなかったので入場券は確保出来ても駐車券は即売り切れ状態となっていました。

これが悲劇の始まり…。

初日は終日雨、というより台風の大雨。
日本で大型のロックフェスティバルを開催するにはまだ時期尚早とばかりに降り続けました。
まだ客の啓蒙さえ出来ていない段階で神が与えたもうた罰だったと当日そこにいた誰もが感じていました。
まるで野戦病院のような会場内の雰囲気でしたが、ライブ自体はロケーションのせいもあり最高の体験だったのではないでしょうか。
正直この天神山を経験していることは後世に自慢出来ると当時思ってましたね(今も思ってますがw)

1997年当時の世相

1997年、日本国内では山一証券の破綻、酒鬼薔薇事件、ジョホールバルの歓喜等々、バブルが弾けて5年程度の閉塞した時代を象徴するような事件がありました。
また1997年というとWindowsの発売から2年後ということで、そろそろインターネットでのコミュニケーションが勃興してきたころでしょうか。
つまり厨2病などというネット特有のワードが表出し市民権を得てきている時期でもあります。
当時エヴァの影響で14歳というワードに個人的に注目していたのですが、神戸の事件があったということは、宇多田ヒカルのデビューもこの頃ということなんですね。正確には翌年のようですが。
猟奇的な事件のことを簡単に片づける気はさらさらありませんが、この厨2のカテゴライズが象徴的な出来事が多数起こっていたのではないかと思います。
カテゴライズとはつまりそのような事象が頻発していることの裏返しですからね。
分かりやすく一言で説明出来ることのなんと強いことか。
1997年はそんな言葉と世相が複雑に絡み合う世界でありました。
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