イースタンユース!あらゆるフェスに足を運ぶ精力的なバンド。激しい音楽性に情緒あふれる歌詞が特徴となっています。

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イースタンユースと文学性

出演回数:23 回

  • フジロックフェスティバル / FujiRockFestival >> 8 回
  • カウントダウンジャパン / CountDownJapan >> 7 回
  • ライジングサンロックフェスティバル / RisingSunRockFestival >> 6 回
  • ロックインジャパンフェスティバル / RockInJapanFestival >> 1 回
  • サマーソニック / Summersonic >> 1 回

激しさとは何ぞや

安易にエモとはカテゴライズしたくないんですが…イースタンユースを形作る要素に激しい音と情緒溢れる文学性を備えた歌詞の世界があります。
ニホンのロックというのはその融合の歴史であると言えますが、その前任からきちんと受け継いだ正当な継承者であると思います。
この流れというのは日本人の特性にもあると思われ、前任というのは清志郎やヒロトといったロックの創成者に限らず、小説家であったり演劇人であったり、万葉集で和歌を詠んだ歌人でもあり、そういった人達から延々と受け継がれてきた精神であったりするのです。
575の短い音で宇宙を表現することに日本人は太古の昔から命を捧げてきました。
いわゆるわびさびの世界ですね。
日本において抜きんでた存在となるロックバンドの殆どにこの精神が息づいているように感じます。
90年代以降そのポジションにはスタイルとしての親和性の高さからヒップホップが近くにいましたが、イースタンユースを始めロックンロールバンドにも脈々と受け継がれていることが確認出来て、更に後世へと引き継がれていくのでしょう。

地方創生

90年代以降の日本というのは政治が意図しているのかしていないのかは別にして地方の時代になりました。
それ以前では目に見えてあった地域格差、地域的な習慣といったものがみるみる都会ナイズされ平たん化していきました。
それが良いことなのかは別にして、地方だから手に入らない情報なんてものは消えてなくなったといえます。
一番いい例がサッカー。以前は日本代表は単なる静岡代表、もっと小さな地域の清水代表なんて時代がありました。
それが組織が整備され日本各地にプロサッカークラブが出来てそれぞれの地域で分担してクラブの下部組織で中央と全く同じ指導が受けられるようになり、日本代表はやがて本当の日本代表になりました。
音楽含むカルチャーの部分でもこういった傾向が地方に拡散し、様々な分野のアーティストが、地方にいながら全国的な人気を得るような現象も起きてきました。
北海道でいうとその象徴が大泉洋とタカトシですかね。
技能的にも才能としても中央と全く遜色のない表現がそこにありました。むしろ強みなんでないかとさえ思います。
このコロナ禍でリモートワークが浸透したことによってこの流れは更に加速していくことでしょう。
音楽に話を戻します。
かつては福岡や大阪、名古屋などが地方(といっても地域地域を代表する大都会)発のバンド達のイメージを担っていましたが、その壁は90年代以降に完全に希釈されていったように記憶します。
北海道からはブラッドサースティブッチャーズやイースタンユース、ブルーハーブ等々。
この流れの延長線上にライジングサンの立ち上げというトピックがあったのではないかと、そう分析します。
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