仲井戸麗市は70年代初頭からギタリストとして活動を続けている息の長い活動で有名なミュージシャン。その形態はソロからユニット~バンドと多岐に渡る。

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仲井戸麗市…偉大なるセカンドマン

出演回数:24 回

  • ライジングサンロックフェスティバル / RisingSunRockFestival >> 10 回
  • カウントダウンジャパン / CountDownJapan >> 8 回
  • フジロックフェスティバル / FujiRockFestival >> 6 回

愛称はチャボです

仲井戸麗市氏は通称チャボと呼ばれていて、夏フェスには様々な形態で出演し続けています。
その形態はおそらく国内では最も多岐に渡っているのではないかと推測されます。ソロ名義に加え土屋公平とのユニット麗蘭やチャボバンド名義、TheDay名義、盟友清志郎のバックだったり、トリビュートバンドだったり。
客演も数知れず。どんな形でも目にするフェスの常連といっていい存在であると思います。
自身の活動だけでも2ケタ、麗蘭でも2ケタ近くの出演回数を誇り、毎年どこかのフェスで演奏していることになります。
既に70近い御年でありながら(見た目がRCの頃と殆ど変わらない!)ロック&ブルースギタリストの理想形を体現しているひとりあり、日本を代表する表現者のひとりとして歴史のその名を既に刻んでいるのであります。
日本の大衆音楽史において、ギタリストと呼ばれる独立した存在はいくつか名前が挙げられますが、きちんと真っ当な「ロックバンド」のギタリストと呼べる存在の第一人者、そのイメージを確立させることに寄与した存在は仲井戸麗市が始祖にして最も偉大なのではないでしょうか。おっとチャーと共にが抜けていた危ない。
それくらいRCというバンドもその楽曲もチャボのギターもニッポンのロック形成と発展、その場にいたことがとても重要でもし彼らが存在しなくてあの時代に売れることもなかったらこの国のロックというジャンルは何年も遅れを取ることとなったのは間違いないと思います。
それくらいの先進性があり、一気に物事を前に推し進めた原動力となりました。
RCがいなかったら世に出てこられなかった後発のロックバンドも数知れず。
RCに関わった人達が今でもリスペクトを持って各種夏フェスに影響力を及ぼし続けるにはそれなりの理由があるわけです。
ニッポンのロック、その最も有名なアンセムである「雨上がりの夜空に」のイントロのギターを弾いてるギタリストであり、あの曲を演奏する際にかけられる名言(?)ОK!チャボ!とワンセットで日本のロックの歴史的名場面を作り上げました。
仲井戸麗市は現代では排出されにくいタイプのギタリストであり、ギターヒーロー像の雛形を作った功労者でもあります。
やっぱストラトだよね~と言いたくなるあのフォルム。おっとチャーと共にですが。
昭和は遠くなりにけり。ここ日本では清志郎の逝去と共にブルースを奏でる場も狭くなりつつありますが、歴史を紡ぐように今日もギターを弾き続け後世に伝え続けています。
若いコにもっと届くといいなと思います。フェスでいくらでも触れられるチャンスがある本物のドスの効いた音楽をいつまでもやり続けて欲しいんですよね。
Number55